様似町の鵜苫駅近くにある鵜苫神社は、参道の途中にJR日高線の線路が走る珍しいロケーション。
鵜苫(うとま)の地名は、アイヌ語の「ウトマム・ペッ」(抱き合う川)に由来し、鵜苫川が上流で日高幌別川と合流するため といわれている。
創祀の年代は不詳であるが、会所の鵜苫番屋の漁場の稲荷としてすでに祀られており、1869年に会所が廃止されてからは、鮭建網場所を年賦払下げをうけて経営していた和田武次郎が祀っていた。
1882年頃には矢本蔵五郎が漁場を譲りうけ、現在当神社の参道中頃に鎮まる小祠がそれであるという。
1904年4月、第1次鵜苫尋常小学校の校舎の老朽化が進んだため、様似尋常小学校に合併したが、その際鵜苫尋常小学校跡地にこの稲荷神社を移転、社殿を新たに造営して、鵜苫地区の鎮守とした。
更に1920年にはこの社地に分教場を建てることとなり現在地 に移転された。